二つ目の「法・みおしえ」にようこそおいで下さいました。



三寶寺本尊 半丈六 阿弥陀如来座像


「自ら法に帰依し奉る」
 ダンマン サラナン ガッチャーミ Dhammam saranam gacchami

佛教の信仰の基本はこの三つの寶に帰依することは解りました。

その二つ目の「法・みおしえ」について。

「南無三寶」このお釈迦様の説かれたみ教えを我々日本の人々にいかに分かり易く知って貰おうかと生涯をかけ思索され“これだ!”「南無・阿弥陀佛」“これしかない!”と説かれた人は平安時代の法然上人と申し上げる方です。この法然上人が開かれた宗旨は「浄土宗」と申します。 現在、三寶寺はこの「浄土宗」に所属しています。

 



「南無阿弥陀佛」の声明念佛を説かれた法然上人像

軸装 三寶寺蔵


法然さんはどんな人? 法然さんの信仰は?

下記の文章に善く表現されています。

皆さん方は、はるばる遠い関東の地から、十余カ国の国境を越えて、生命の危険を顧みず、この京都の地にわびずまいする私を訪ねてこられた。あなた方の志はどこにあるのか。ただ私から、極楽に往生する方法を聞き出そうとするためでありましょう。ところが、残念なことには、私が念佛以外に何か別の極楽往生の方法を知っていて、またその方法が説かれている秘密な経典を知っていながら、わざとそれを隠しているので、その奥にあるものを知りたいとおっしゃってここまで訪ねて来られたとすれば、大変な間違いであります。もしそう思っていらっしゃるなら、奈良にある興福寺や、叡山にある延暦寺をお訪ねなさるがよろしい。そこには、ちゃんと学問をなされた偉い学者さんがどっさりいらっしゃいますから、その人たちにお会いになって、極楽往生の秘訣をよくよくお聞きになるがよろしい。

私は、ただ念佛をすれば、阿弥陀様にたすけられて必ず極楽往生ができるという、あの法然聖人の言葉を、馬鹿正直に信じている以外に、別の理由は何もないのであります。念佛をすれば、本当に極楽浄土に生まれる種をまくということになるのでしょうか。それとも、それはうそ偽りで、念佛すればかえって地獄に堕ちるという結果になるのでしょうか。残念ながらそういうことは私はとんと知ってはいないのであります。たとえ法然聖人がおっしゃったことがでたらめであり、私は法然聖人にだまされて念佛をしたために地獄に堕ちたとしても、ちっとも後悔はいたしはしません。といいますのは、私が念佛以外の他の行を一生懸命勤めて、その結果佛になることが出来るような身でありながら、念佛をしたために地獄に堕ちるというなば、法然聖人にだまされたという後悔も起こり得ましょう。しかし、私はそんな知恵も徳行もなく、念佛以外の他の行によって佛になることなどはとっても期待できない身でありますから、念佛の行によらなかったら、永遠に地獄にいるより仕方がない身なのであります‥‥‥。 だから皆さん、以上の私の言葉をとっくりお考えの上、念佛をなさるもよろしいし、念佛を捨てなさるのもよろしい。全くみなさまの自由勝手、皆様方がご自分でお決めになることであります。 

     …… 親鸞『歎異抄』 梅原猛訳……

 

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